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ベテラン社員の退職が迫る工場では、設備保全の勘やコツを若手にどう引き継ぐかが大きな課題になります。この記事では、設備保全DXを活用して、熟練工の暗黙知をデータ化し、保全の属人化を解消するための考え方を解説します。
設備保全の現場では、長年の経験を持つベテラン社員が、音・振動・におい・温度感などから設備の異常を察知していることがあります。こうした判断は、マニュアルだけでは説明しきれない部分が多く、若手が短期間で身につけるのは簡単ではありません。
さらに、設備の老朽化や人手不足が進むなかで、保全担当者一人あたりの業務量は増えがちです。日々の点検や突発対応に追われると、若手にじっくり教える時間を確保しにくくなります。設備保全の技術伝承では、ベテランの経験を個人の能力に閉じ込めず、組織で共有できる形にすることが求められます。
設備保全では、「いつもより音が高い」「振動の伝わり方が違う」「動き出しが重い」といった感覚的な気づきが、故障の早期発見につながることがあります。こうした経験や勘は暗黙知と呼ばれ、本人にとっては当たり前でも、言葉で説明するのが難しい知識です。
紙の点検表や口頭での申し送りだけでは、どの状態を異常と判断したのか、なぜその対応を選んだのかが残りにくくなります。その結果、ベテランが不在になると判断基準が失われ、トラブル対応が遅れるおそれがあります。属人化を解消するには、暗黙知を記録・比較・検索できる情報に変える視点が必要です。
技術伝承の基本は、現場でベテランと若手が一緒に作業しながら学ぶOJTです。しかし実際には、日常点検、部品交換、突発停止への対応、報告書作成などに追われ、育成の時間を十分に取れない工場も少なくありません。教える側も、どこから説明すればよいか整理できないまま作業を進めてしまうことがあります。
また、若手は経験する設備トラブルの数が限られるため、異常のパターンを体系的に学びにくいという課題もあります。ベテランの隣で偶然学ぶだけでは、技術伝承のスピードに限界があります。設備保全DXを活用すれば、過去の点検記録や異常事例を教材として再利用しやすくなります。
熟練工の技術を引き継ぐには、職人の五感による判断をできるだけデータに置き換えることがポイントです。目で見た違和感、耳で聞いた異音、手で感じた振動などをセンサーやカメラで記録すれば、若手も同じ基準で設備状態を確認しやすくなります。
もちろん、すべての感覚を完全に数値化できるわけではありません。しかし、判断の材料をデータとして残せれば、「なぜ異常と判断したのか」を共有しやすくなります。設備保全DXは、ベテランの勘を否定するものではなく、熟練の判断を次世代が学べる形に変える仕組みとして活用できます。
目視点検では、メーターの数値、部品の摩耗、油漏れ、変色、汚れ、ランプ表示などを確認します。ベテランであれば小さな変化に気づけても、経験の浅い担当者は異常と正常の境目を判断しにくい場合があります。そこで活用できるのが、AIカメラによる画像判定です。
定点カメラで設備や計器を撮影し、過去画像と比較することで、見た目の変化を記録できます。例えば、メーター値の読み取り、ランプの点灯状態、部品の変形や汚れの傾向などをデータとして蓄積すれば、点検品質のばらつきを抑えやすくなります。目視点検の判断基準を画像として残せる点が、技術伝承にも役立ちます。
設備の異常は、音や振動の変化として現れることがあります。ベテランが「いつもと音が違う」「振動が少し大きい」と感じる場面は、モーターやポンプ、ファン、コンプレッサーなどの回転機器でよく見られます。ただし、こうした違和感は感覚に頼る部分が大きく、若手に伝えるのが難しい領域です。
IoT振動センサーを活用すれば、振動の大きさや変化を数値として継続的に記録できます。異音についても、マイクや音響解析と組み合わせることで、通常時との違いを確認しやすくなります。これにより、ベテランが感覚で捉えていた異常の兆候を、若手もデータで確認できるようになります。なお、PLCのない古い設備でもセンサーは後付けで設置できます。詳しくは「後付けセンサーで古い機械のIoT化=レトロフィットの実現方法」をご覧ください。
センサーを設置しても、「どの状態を異常と判断するか」の基準がなければデータは活かせません。この基準を持っているのは現場のベテランです。彼らが在籍しているうちに、判断の根拠を言語化・記録しておくことが技術伝承の実務的な第一歩になります。
聞き出した内容は、そのままでは文章のままです。これをセンサーデータと結びつけるには、アラートが鳴ったときにベテランが実機を確認し、「これは異常」「これは正常範囲」と判定を記録していく作業が有効です。この答え合わせを積み重ねることで、感覚的な基準が数値の範囲として定義されていきます。
この閾値のチューニング手順は「「センサー導入」で終わらせない設備保全のデータ活用と閾値設定方法」で、蓄積したデータをAIに学習させる進め方は「AIを活用した予兆保全(予知保全)の事例」で解説しています。
設備保全の技術伝承では、センサーやカメラで新しいデータを取るだけでなく、過去の点検記録や故障履歴を活用することも欠かせません。紙の日報、PDFの報告書、Excelの点検表などには、ベテランが残してきた多くの気づきが眠っています。
ただし、記録が散在している状態では、必要な情報を探すだけでも時間がかかります。「過去に似た故障がなかったか」「そのとき誰がどう対応したか」をすぐに確認できなければ、技術伝承の教材として十分に使えません。保全の属人化を解消するには、過去の記録を検索できるナレッジとして整備することが有効です。点検履歴や故障履歴を一元管理する仕組みについては「設備保全管理システム(CMMS)とは?」で解説しています。
技術伝承の仕組みが形骸化する典型的な原因は、「一度マニュアル化して終わり」にしてしまうことです。設備は経年で状態が変わり、対応方法も改善されていくため、ナレッジも更新し続ける必要があります。運用ルールとして、次の点を決めておきましょう。
技術伝承の課題は、統計にも明確に表れています。経済産業省・厚生労働省・文部科学省が公表する「2025年版ものづくり白書」(2025年5月公表)では、製造業における人材育成の問題として、6割以上の事業所が「指導する人材が不足している」と回答しており、感覚的な技能に依存した育成体制の限界が浮き彫りになっています。一方で、技能継承に取り組む製造業の事業所は9割を超えており、「取り組んではいるが、教える人がいない」という構造的なジレンマが多くの現場で起きています。
同白書では、工作機械向け溶接部品を手がける企業がベテラン職人の製作ノウハウを蓄積・継承する社内資料を整備した事例や、鋼製ドラム缶を製造する企業が生産性管理システムを導入して製造データの可視化を実現した事例が紹介されており、属人化した技能や設備状態をデータ化・標準化する動きが実際の現場で広がりつつあります。
感覚的なスキルの習得には長い年月を要します。一般的に、基礎的な技能の習得には半年から1年、標準レベルで2〜3年、熟練レベルに至っては5〜10年程度が目安とされています。
属人化を脱し、センサーデータと客観的な数値基準に基づく指導環境を整えることで、こうした育成期間を大きく圧縮できるケースが多数報告されています。従来の「見て覚える」中心の教育に比べて、教育コストの削減と若手の早期戦力化に直結するアプローチです。
経験豊富な人材の中途採用が年々難しくなる中、経験者の採用に依存しない組織づくりは、人材面のリスク分散として大きな意味を持ちます。
さらに、一部の熟練者に依存しない体制を構築することは、退職・休職・異動といった不確実性に対して組織そのものを強固にする、BCP(事業継続計画)の観点からも不可欠な取り組みです。属人化した保全業務を数値基準へと置き換えるアプローチは、単なる業務効率化にとどまらない、経営レベルの重要投資と言えます。
設備保全の人手不足や属人化を解消するには、ベテランの技術を「見て覚える」だけに頼らない仕組みが必要です。まずは、点検記録、故障履歴、異常時の写真、センサーデータなどを集め、後から振り返れる状態にすることから始めましょう。
職人の勘やコツをデータ化できれば、若手は過去事例を参照しながら判断を学べます。経営層や工場長にとっても、技術が特定の人に依存しない体制は大きな安心材料になります。設備保全DXは、保全業務の効率化だけでなく、次世代へ技術を残すための基盤として活用できます。
使えるデータに変える
上野 雅敏さん
常務執行役員CSO
上野 雅敏さん
ベテラン職人の『音や振動の違和感に気づく勘』は、工場にとって最大の強みである一方、属人化という最大の経営リスクでもあります。この熟練の技を次世代へ引き継ぐためには、職人の頭の中や、過去数十年の紙・PDFの日報に眠る『気づき』を、誰もが使える状態に可視化しなければなりません 。
DJKでは、これら散乱した『過去の遺産』(使えないビッグデータ)を可視化・構造化(使えるビッグデータに)するアプローチをとっています 。職人の貴重なノウハウを検索可能な(ナレッジ)データベースへと引き上げることで、人材流動化に負けない技術伝承基盤が完成します 。
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